Anime Music Videos
アニメミュージックビデオはMADムービーに非常に良く似た文化です。
ここでは違いと歴史についてまとめようと思います。
書きかけなんで
「MAD」と「AMV」の違いと交流について
- AMVとMADの違いについて
AMVとMADは、どちらもファンの間で1980年代前後に発祥した文化の名称です。
名前が違うだけで、実質的には同じ様なものです。(よく言われる制作手法、演出手法の癖は定義にするのは難しいのでとりあえず含みません)
基本的には制作された地域の名前に順ずるのがセオリーですが、例外も数多く有ります。
- AMVの定義について
AMVはアメリカ発祥の文化で、現在ではアメリカのみならずヨーロッパでもAMVという名で広まっております。
AMVやMADという言葉が浸透して無い地域では「MTV」と呼ばれる事が多いようです。
本来AMVとはアニメミュージックビデオの略であり、
日本のアニメの映像に曲を合成、編集したミュージック・ビデオのことである。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
と有るのですが、時代の移り変わりにより曖昧になりつつ有ります。
現在の定義付けがされた時期は活動が活発化した1989〜1993年の間とされていますが、はっきりした事は判っていません。
素材に使われるものランキングでも、日本のゲームがランキングしているようにどうやら作品の多さから多少の規定外作品も容認という状態がみられます。
また、定義が確定する前の黎明期(80年代)の作品も定義外の作品が多数有ります。
YOUTUBEによりより多くの人の目に触れる事となったため視聴者、作家共に急激に増えています。
そのため定義に関してはさらに変ってく事も予想されます。
- 日本との交流について
AMVが日本に入ってきたのは1997〜1999年辺りの間だと言われていますが、入ってきた数は少なく基本的には「海外のMAD」という扱い以上では有りませんでした。
活発な活動をしている事が日本にも知られるようになったのは、最大のコミュニティサイトである「AnimeMusicVideo.org」が出来てからといわれています。(2001年?だっけ?)
2003年辺りからは、「AnimeMusicVideo.org」にて発表、活動、交流を行う日本のMAD作家が出てきております。
それらの作家はMAD作家である事などを主張する例が多いです。(郷に入れば郷に従えよろしくAMVらしさのある作風で発表する作家も無論居ます。)
上記とは別に2006年辺りよりYOUTUBEから知った人たちが、日本のAMVを作って活動している例がいくつか見られます。
歴史
- ファン流通とアニメクラブ(70s〜80s)
元々SF研の中で、日本のアニメを観たい人が集まって別の団体を作ったと言うのがアニメクラブの発端でした。
この時出回ってた物はアジア人向け放送局や、日本人街に頼った物でした。
1976年の時点で英語字幕のアニメが流通していたようですが、放送局で字幕制作が行われていたようです。
次第にネットワーク化し在日米軍基地で録画、輸送という手段を取るまでに至ります。
詳しくは法に抗っての進歩:アメリカにおける日本アニメの爆発的成長とファン流通、著作権
- ファンサブ(ファンが付けた字幕)時代と編集(85’〜94)
字幕が無くても判るようなものが多かったのが、次第に日本のアニメ内容が難しくなっていきます。
そこで独自に字幕を付ける必要性が出てきました。
英字幕付きアニメは1976年には既に有ったようですが、基本的にTV局向けの高い機材を利用して字幕を付けていたようです。
流通経路が有る程度確立してアニメ自体の本数の多さ故にTV局の機材でとはいかなくなりました。
そこで活躍したのは1985年7月に発売されたAMIGAと呼ばれるPCでした。
これにGenLock可能な機器を追加する事により個人で字幕を付ける事が出来るようになります。
- アニメの合法流通とアニメコンベンション
90年代初頭、日本の会社が本格的にアメリカへの進出に乗り出します。
既に巨大化し過ぎたファンサブ屋の存在はどうしても無視できなかったようです。
そのため、複数のイベントがそのまま公式イベントに組み込まれる事となったようです。
これによりアングラ時代から続いていたAMV上映は公式イベントの一つに含まれる事になりました。
AMV用語(アメリカのヲタク用語)
基本的に日本での言い方のままです。
A
- Anime(アニメ)
本来ならAnimationとされる所だが、日本で使われる「アニメ」という単語をそのまま使う。
その場合日本のアニメのみに限定される単語
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